« 2013年7月 | トップページ | 2014年2月 »

2013年12月

2013年12月30日 (月)

万華鏡とくじゃく

先日、中川翔子の「マニアまにある」で、

万華鏡女子ってのをやってたのだが、

万華鏡って確かにいろいろ模様が変化して、
とても不思議な感じがするけど、なぜなんだろう?
多分、鏡によって、同じ模様の変化が、同時に複数箇所で
発生するところがポイントなんだろうな。


私は、ふと、万華鏡の模様の変化から、クジャクが羽根を拡げるところを連想した。

クジャクの羽根の模様というと、目玉模様が一般的?
なのかどうかはわからないけれど、
オスのクジャクが羽根を拡げると目玉模様が同時に沢山出現するわけだ。

これって、クジャクの捕食者(何が捕食者かよく知らないのだが)が見たとき、
結構怖いとか、不気味だとと感じるのではないだろうか?
といっても、オスクジャクが捕食者に対面したときに、
羽根を拡げるのかどうかは、よく知らないが...


よく、クジャクの羽根って、進化論の性淘汰の説のひきあいに出されたりするけど、
たいていは、あの羽根をただ邪魔物だと決めつけた論法なのだ。

でも、本当にあの羽根は邪魔なだけで、
他に何の役にもたっていないのだろうか?

そのあたり、まじめに検証した上で、そういった説を唱えているのかどうか、
非常に疑問を感じるわけであります。
甘い事実認定の上で、理論のお遊びをやってるだけなのでは?
と思っちゃったりするわけです。

動物の体の色や模様って、
その種が生き残っていく上で、重要な役割を果たしているのであって、
決して何でもいいわけではない。
くじゃくの羽根の色、模様もまたしかり。

単にきれいとか美しいとか(それは人間目線でしょ!)いうことだけではなくて、
あの目玉模様には重要な意味があるんじゃないの?

という風には感じないのであろうか?

もちろん、上の説(の様なもの)も、別に確たる根拠があるわけではない。
通説に対して、疑いの目をもちたがるというのが私の性分なのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年12月22日 (日)

耳チャキ

という記事を見つけたが、
これは自分にとっては小さい頃から当たり前のようにできる。

車で山を上がり下がりしたときに起きる、
いわゆる、耳ツンは、このチャキチャキですぐに直すことができる。

鼻をつまんで、どうこうするとか、あごとかを動かすとか、全く必要がない。

おそらく、耳管だけを閉じたり開いたりできるんだ。
チャキチャキは、鼓膜にその動きが伝わるためだ。

連続的に耳に力を入れると、筋肉の震えが鼓膜に伝わって、
ゴー と音がして、このときに声を出すとすごく大きく聞こえる。
昔から、そういうものだと思ってたから異常だとは思っていなかった。

声が大きくひびいて聞こえるというのは、
耳管開放症 Wikipedia  
の症状にあるが、おれの場合、耳管を意識的に開いたときだけに
起きるので、これには該当しないと解釈している。

このようなわけで、ダイビングはやったことがないのだが、
ダイビングで必要になる耳抜きは、すでに習得済みということか。


この能力?は、本来、大昔の人類はみんな持っていて、
それが退化したのだろうか?
もしかすると、水に潜ったりして生活していた時期があるのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

N響 第九 聴いた

久しぶりにコンサートが聴きに行きたくなって、
第九が聴きたい!
それも、N響がいい!
どうせならS席がいい!
しかも、初日がいい!
ということで、12/21の公演を予約して、聴きに行ったわけです。

NHKホールへ行くのが初めてでして、
へーこれが紅白をやる会場なんだ、大きいな~なんて思って

ソリストの声のすばらしさに、少し震えがきたし、
エド・デ・ワールトの演奏もわりと好き

日本人指揮者にありがちな、
メトロノームのリズムぽい演奏とは違うなあ
と思いながら聴いてました。

しかし、S席5列目って低くて、
視線が第1バイオリンの膝あたりなんですよ
管楽器の方々の姿が全く見えず、
音だけが聞こえてくる状況

生で聴く音はCDとは違うなと思ったし、
視覚と音像の両方で、ピッチカートのパートが
移り変わっていったりするのがよくわかるし、

第4楽章のはじめって、弦楽器は、ほとんど
チェロとコントラバスだけで、バイオリンはほとんど休みなんだな~
とか、よくわかった。

Dscn8366

Dscn8368


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年7月 | トップページ | 2014年2月 »