私の好きな曲 チャイコフスキー 悲愴
不定期シリーズだけど...(#⌒∇⌒#)ゞ、
この曲は大好きで、ゴールドベルク変奏曲とともによく聴く曲。
曲のタイプは全然違うけど。
リラックスしたいときはゴールドベルク。
少し勢いをつけたいときに聴くのが、この曲の第3楽章 Allegro molto vivace
ベートーベンの交響曲 5とか7とかは、気分低迷時には、
ちょっと付いていけない感があるのだけど、
悲愴の3楽章なら不思議と聴けるのだ。
同じように勢い、勇ましさがあるのだけど、そこがベートーベンとの違い。
うまく説明できないけど、なんかタイプが違うのね。
ただ、4楽章Adagio lamentoso は、あまりにも陰鬱すぎて、
ある意味悲愴の名にふさわしいのかもしれないけど、
聴くのを避けて、3楽章ばかり繰り返し聞くことが多かった。
ところが、最近、どうしたことか、
結構この世界にのめり込むのもいいかな、という風に変わってきた。
より気分が落ち込んで、レベルが合ってきたという捉え方もあるかもしれないが、
むしろ、心の中にあるこういった世界も、素直に受け入れられる程、
ある種トラウマ的なものが軽減されたのかも...と前向きに評価。
第3楽章は、とにかく勇ましいところに元気づけられることも好きな点の一つだが、
一方で、全般にわたって貫き通される、
8分の12拍子で刻まれるタランテラのリズムが特徴的で、
これが、勇ましさだけでなく、繊細さをも併せ持つという、
この曲独特の印象を与えているのかもしれない。
カラヤンの演奏が好きなのは、この弦が刻む12/8刻みの音と
他の楽器のフレーズの強弱の関係が、絶妙なバランスで徐々に変化していくところ。
すごく曲の面白さが引き出されていると思う。
他にもCD持ってるんだけど、
ムラヴィンスキーは妙に、あるフレーズのみを浮き立たせすぎな感じ。
小澤征爾のは、オケ全体が、きれいにリズムに乗りすぎている感じがあって、
曲を物語にたとえるならば、ひとつひとつの事件=旋律やフレーズ
が起きることが最初から判っているような感覚をいただかせてしまってあまり面白くない。
第3楽章が一番好きだが、もちろん、第1楽章も第2楽章もいい。
第1楽章の第二主題は甘く切なく、素敵。
そして、第2主題の最後、クラリネットの下降するメロディの後、
突発的に全楽器がうちならす和音とともに始まる、展開部。
この部分で、指揮者 故 岩城宏幸氏が出演したCMを
思い出す人も多いだろう。
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リハーサル風景から、ジャンの音とともに、場面は、
タキシード姿のコンサートの風景に変化する。
あのCMはほんとに印象的だった。
第2楽章は、4分の5拍子という変わったリズムだが、
実は、2+3拍子のワルツ。
主部のメロディーが実に美しくてもちろん大好きなのだが、それだけでなく、
中間部の苦悩に満ちた下降していくところも結構好きで、
コードが変化してもずっと変わらずレの音を叩き続けるティンパニが好き。
基本的にティンパニという楽器すきなのね。
ところで、私が好きなカラヤンの悲愴
最近来ているのは、\1,200で買ってきたやつなのだが、
最初に悲愴を聞き始めた頃は、同じくカラヤンのLPだった。
第1楽章 冒頭の序奏部で、いつも気になってる妙な響きがあって、
今回、スコア見ながら、注意深く聴いてみた。
序奏部のフレーズ、2回目の最後。11小節目。
どう見てもシの音が聞こえているのだが、これが妙な不協和音を奏でている。
スコアを見ると ラ#はあるが、シはない。
1回目のフレーズでは、ファゴットとコントラバスが、シの音を鳴らすのだが、
2回目では、ファゴットはミ、コントラバスはラ#
演奏を間違えているのだろうか?
ムラヴィンスキーと小澤征爾のも比較して聴いてみたが、
彼らの演奏は、そのような妙な響きはなかった。
まあ、それはそれとして、やっぱり、カラヤンの演奏が好き。
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